元ラグビー日本代表で、京都・伏見工高(現・京都工学院高)ラグビー部を高校日本一に導き、「泣き虫先生」の愛称で親しまれた山口良治(やまぐち・よしはる)さんが29日、死去した。83歳だった。
「泣き虫先生」の生涯
山口さんは福井県美浜町の出身。日本体育大学を経てラグビー日本代表として活躍し、フォワードながらゴールキックも務めるなど、体を張ったプレーで知られた。1971年には来日したイングランド代表との連戦に臨み、3―6、19―27と肉薄する健闘を見せたチームの一員だった。
伏見工高での功績
1975年に伏見工高の監督に就任。就任当初、チームは公式戦で0―112という大敗を喫するなど低迷していたが、山口さんの熱血指導によって見事に立て直しを図った。1981年には、後に日本代表としても活躍する故・平尾誠二さんらを擁し、全国高等学校ラグビーフットボール大会(花園)で初優勝を達成。この快挙は、テレビドラマ「スクール・ウォーズ」のモデルとなり、多くの人々に感動を与えた。
その後も監督、総監督としてチームを率い、全国制覇を4度達成。2004年には京都市のスポーツ政策監に就任し、地域のスポーツ振興にも尽力した。
逝去と反響
山口さんの逝去を受け、ラグビー界や教え子たちからは哀悼の声が相次いでいる。平尾誠二さんの遺族も「恩師のご冥福を心よりお祈りします」とコメントを発表した。山口さんの情熱あふれる指導は、今も多くの人々の心に生き続けている。



