大津市は25日、戦国武将の明智光秀が琵琶湖岸に築いた坂本城跡(大津市下阪本)で、本丸の石垣が見つかったと発表した。大小10個ほどの花こう岩が東西約3メートルにわたり連なっており、本丸の南端を示す石垣の可能性が高いという。本丸の石垣が琵琶湖底ではなく陸地で見つかったのは初めてで、「幻の城」と呼ばれる坂本城の全容把握の足掛かりとなる。
発見の詳細
今回見つかったのは石垣の一番下段にある「基底石」。深さ約1.2メートルに埋まっており、石の南面が平らだった。さらに周辺で見つかった瓦が、1979年の本丸地点で発見された瓦と同じ文様で赤褐色だったことから、坂本城本丸の南端を示す可能性が高いと判断した。石垣は東西に続いているとみられる。
調査の背景
坂本城は痕跡が少なく全体像が分かっていない。1979年の発掘調査で初めて城の遺構を発見。2023年度の発掘では三の丸とみられる長さ30メートル超の石垣や堀が見つかり、昨年、本丸地点と三の丸地点が国史跡に指定されている。
今回の調査地は国史跡の範囲外であり、市は既に埋め戻した。石垣については地権者らと協議し、今後の活用方針などを決めるという。安全性などを考慮し、一般向けの公開は予定しておらず、パネル展などで調査結果を報告する予定。
専門家の見解
市文化財保護課の岡田有矢主任(34)は「発掘調査をすれば見つかるということは、今後の期待にもつながる」と話す。県立大の中井均名誉教授(日本城郭史)は「坂本城は天守を備えた初期の城で、歴史上有名にもかかわらず、解明されてこなかった。本丸の構造を考える上で非常に重要な発見だ」と語った。
坂本城の歴史
坂本城は、1571年の比叡山焼き打ち後、織田信長の命で光秀が築城した水城。大津城の築城に伴い、わずか15年で廃城となった。本丸の「湖中石垣」は水位低下で姿を見せることがある。



