かつて宮川村だった大台町滝谷に建つ「宮川豪雨災害」の慰霊碑。背後の険しい斜面はコンクリートで覆われている。2004年9月の災害では、旧村内の複数箇所で土石流が発生し、6人が死亡、1人が行方不明となった。1年半後の2006年1月に旧大台町と合併して新たな大台町となって20年がたった今も、慰霊碑は災害の記憶を伝え続けている。
平成の大合併から20年余り
「平成の大合併」から20年余り。三重県では2003~06年にかけて69市町村が29市町に再編され、行財政の効率化や行政基盤の強化を掲げて合併が進んだ。人口減少時代を迎え、広域化した自治体の在り方とその効果が問われている。災害は合併の動きが進む中で発生した。新町建設計画には「災害に強い町づくり」を掲げ、合併特例債を活用した2億円で町内全域で橋の耐震化を進めた。ただ、治山工事や雨量計の設置など豪雨災害対策は宮川地区が中心だった。地区の面積が広大で険しい山や谷が多く、災害のリスクが高いと考えられたためだ。
防災意識の差が浮き彫りに
ハード面の整備が進む一方、両地区住民の防災意識の差はなかなか埋まっていない。大台地区側の同町上楠に住む20代の女性団体職員も「土砂崩れは宮川で起きるもので、この辺は大丈夫と思っている」と語る。ただ近年は気候状況の変化で、大台地区でも豪雨災害の危機が高まっている。2024年8月の台風による豪雨では線状降水帯が発生し、大台地区の一部にも県内で初めて警戒レベル5の「緊急安全確保」が出された。
町の対策強化と課題
こうした状況に町は2025年度、大台地区にも雨量計を設けるなど対策強化を急ぐ。だが、町外に住む職員も3割ほどを占め、町の幹部は「公助だけで支援するのは難しいかもしれない」と苦しい胸の内を明かす。避難所の運営などで住民が主体となって動く必要性は増したが、高齢化で有効な災害対応訓練が実施できていないなど課題も多い。
住民による防災活動の現状
町社会福祉協議会は2016年度に住民有志でつくる「災害ボランティア連絡会」を組織。災害時のボランティア受け入れ事務を担い、平時は避難所運営の訓練などを行う。現在は町全域の17人が所属。町社協の東潤さん(44)は「地域に防災意識を広めていく役割が期待されるが、なかなか人が増えない」と吐露する。危機意識が高いとされる宮川地区でも、大井区自治会の役員を務める大西かおりさん(54)は「多くの人が地域防災へ関心を寄せているが、現役世代で豪雨時に避難する人は少ない」と指摘する。自助の育成も道半ばだ。
新たな取り組み「ファーストミッションボックス」
町は2025年度、松阪市の取り組みを参考に「ファーストミッションボックス」を導入した。住民自ら避難所を開設できるよう、ヘルメットなど最低限の資材や手順書を入れた箱で、訓練や自主防災組織の体制整備の不足を補うことができる。町総務課防災安全係長の中井辰徳さん(44)は「ファーストミッションボックスの導入で災害対策が完了するわけではない」とし、「宮川地区は豪雨災害から20年以上を経過した。大きな災害に遭っていない大台地区では、そもそも意識付けが難しい。いま一度、町全体で防災への意識を高めていく必要がある」と強調した。
大台町の合併と現状
大台町は2006年1月10日に旧大台町と旧宮川村が合併して誕生。面積は約363平方キロ。合併時の人口は1万1198人。2025年3月31日現在の人口は7783人で、3割ほど減少した。高齢化率は合併時の33.1%から、同日現在で45.3%となっている。宮川村と鵜殿村(現紀宝町)が廃止されたことで、県内から「村」はなくなった。



