「何十、何百という小さな焼夷弾が風を切る。雨が降るようなザーッという音がするのだ」。1945年5月17日、名古屋の空襲で斎藤孝さんの自宅は襲われた。当時14歳だった斎藤さんは、その恐怖を生涯忘れなかった。
語り部の継承
戦後、斎藤さんは自らの体験を語り継ぐ「語り部」として活動を続けてきた。しかし、2020年に他界。その意志を継いだのが、戦後生まれの近藤世津子さん(65)だ。今月行われた空襲犠牲者の追悼式典では、斎藤さんの映像を交えながら、彼の体験を代弁した。
無力感と使命感
近藤さんは「いくら平和を願っても、戦禍で命が奪われていく現実に、活動の無力さを感じることもある」と打ち明ける。それでも、斎藤さんから「過去を学び、力はなくともできることをする」というメッセージを受け取ったと語り、前を向く。
式典後、青空を見上げながら、記者も考えた。私たち一人一人が戦争の記憶を伝えていかなければならない。戦争が再びやってくるのは、皆がその恐怖を忘れた時なのだと。



