50代を過ぎて突然発症した「香害」の苦悩
皆さんは「香害」という言葉をご存知でしょうか。柔軟剤や香水など人工的な香りによって頭痛や吐き気、肌荒れなどの体調不良が引き起こされる状態を指し、近年注目を集めています。この香害に悩む大阪府吹田市の大坪朋子さん(54歳)は、2024年11月頃から症状に苦しむようになりました。
「まさか自分が」と驚いた発症体験
衣料品卸会社員として働く大坪さんは、柔軟剤や香水のにおいを嗅ぐと、突然頭痛や肌荒れが発生し、食欲までなくなってしまう症状に悩まされるようになりました。皮膚科や内科を受診したところ、医師から「香害の可能性が高い」と告げられたそうです。香害の存在は何となく知っていたものの、「まさか自分がなるとは思わなかった」と驚きを隠せません。
勤務先に事情を説明すると、リモートワークの許可を得ることができました。しかし、衣料品を扱う仕事の性質上、商品チェックなどのため出社も必要です。そのため、大坪さんは人が少ない早朝の電車を選んで通勤し、帰宅ラッシュ時にはマスクの上からさらにハンカチを当てて香りを遮断する対策を取っています。
「においがきつい」と言えない複雑な心境
強い香りを放つ人に対して、面と向かって「においがきついです」と指摘できないのが実情だと大坪さんは語ります。「周囲に『わがままな人』と誤解されるのも嫌だし、人間関係が悪化するのも避けたい」という複雑な心境を明かしました。香害に対する社会的理解がまだ十分でないことが、こうした悩みを深めているようです。
香害の実態と国の対応
厚生労働省によると、国として香害の明確な定義はまだ存在しません。体調不良の原因となる特定の化学物質が確定しておらず、香りと症状の因果関係が医学的に完全に解明されていないためです。しかし、国も被害を訴える人々がいることを認識しており、厚労省や消費者庁など5省庁が2021年以降、香りへのマナーを呼びかける啓発ポスターを作成しています。
厚労省の担当者は「香りと体調不良に関する研究を継続して行っている」と説明しています。NPO法人「日本消費者連盟」などで構成される「香害をなくす連絡会」によれば、合成洗剤や柔軟剤、香水に含まれる合成香料によって、頭痛や吐き気、動悸などの症状が生じることが報告されています。場合によっては「化学物質過敏症」と診断されるケースもあるそうです。
増加する香害被害者
香害をなくす連絡会が2019年度に約9000人を対象に行ったアンケートでは、18.6%の回答者が香りによる被害で仕事を休んだり学校に行けなくなったりしたと答えました。また、日本臨床環境医学会の研究者らが2025年8月に公表した中学生以下約1万人を対象とした全国調査では、8.3%が香料によって頭痛などの経験があると回答しています。このデータから、子どもを含む多くの人々が香害に苦しんでいる実態が浮き彫りになりました。
2000年代後半頃から、海外製の強い香りの商品がブームとなり、症状を訴える人が増加した背景もあります。香害は決して他人事ではない問題として、社会全体で認識する必要があるでしょう。
公共の場での配慮と今後の展望
香害に詳しい明治大学の寺田良一名誉教授(環境社会学)は、「香りは良いものというイメージがまだ一般的ですが、図書館や電車などの公共の場では『フレグランスフリー(無香料)』を意識してほしい」と指摘します。公共空間における香りへの配慮が、香害に苦しむ人々にとって大きな助けとなるのです。
大坪さんは「無香料や香りの少ない製品がより広く店頭に並び、選択肢が増える社会になってほしい」と願っています。取材を通じて感じたのは、香害を訴える人々が存在することを知った上で、「もしかしたら自分の隣にいる人は、香りに敏感な人かもしれない」と一人ひとりが思いやる気持ちの重要性です。
香害は目に見えない苦しみを伴う問題です。柔軟剤や香水の使用を完全に控える必要はなく、公共の場では香りを控えめにする、無香料製品を選ぶなどの小さな配慮が、多くの人々の生活の質を向上させるかもしれません。皆さんはこの問題についてどのようにお考えでしょうか。



