ふるさとへの思いを胸に
小説や漫画などの電子書籍取次大手として知られるIT企業「メディアドゥ」(東京)を経営する藤田恭嗣社長(52)は、会社設立から25年以上を経て、2026年2月期連結決算で売上高1000億円を突破した。その一方で、自ら命を絶った旧木頭村(現・那賀町木頭)の助役を務めた父・堅太郎さんの遺志を胸に、木頭や徳島の地域活性化に情熱を注いでいる。
幼少期と父の影響
旧木頭村出身の藤田社長は、富岡西高(阿南市)に進学するまで自然豊かな村で過ごした。当時は人口約2500人だったが、現在は過疎化が進み879人(那賀町木頭の4月末時点)となっている。「祖母に連れられ山でワラビを採ったり、川で釣りをしたりと、幼い頃は野山を駆け回っていました。学生時代の得意科目は数学で、経営や人との向き合い方でも論理的に考えますが、それは幼少期から変わらないですね」と振り返る。
起業と父の死
名城大学(名古屋市)在学中、留学の資金集めのために携帯電話販売業を始めた藤田社長は、事業の面白さに気づき、卒業後に前身の会社を設立。しかし23歳の時、那賀川で計画されていたダム建設の中止を訴え続けた父の訃報が届く。「ダム建設による村の水没を阻止するため、ユズを生かして村を振興しようと説くなど、母や葬儀に参列した人たちから父の話を聞きました。つらい、悲しいというより、なぜ父が死を選んだのか知りたかった」と語る。会社を畳んですぐに地元へ戻ろうとしたが、母から「あなたが帰ってきて何ができるの」と言われ、無力さを痛感。「家族やふるさとを守るために、まずは自分が力をつけて強くならなければ」という気持ちが芽生えた。
事業拡大と父の遺志継承
愛知から東京に拠点を移し、事業拡大に奮闘。2006年には黎明期だった電子書籍配信サービスを開始。東証マザーズ(現グロース)に上場した2013年、父の「ユズを村中に実らせ、黄金色に輝く村にしたい」という思いを受け継ぎ、木頭ゆずの生産・加工販売を担う農業法人「黄金の村」(那賀町)を設立した。「長年木頭のために働いた父の遺言『恭嗣、がんばれ』の言葉を見て、父はきっと木頭を自分に託したのだと思いました。木頭に今一番必要なのは経済的発展。そして父が考えたように、木頭ゆずには可能性があると感じました」と述べる。父は栽培研究で実がなるまでの期間を大幅短縮したが、自身は海外輸出や商品開発など、持続的に展開できるビジネスモデルの構築を目指した。「父は行政マン、自分は経済人。目標は同じでもアプローチは違いました」と語る。
現在の活動と未来
雇用創出や木頭ゆずのブランド化に成功した藤田社長は、現在プロバスケットボールクラブ「徳島ガンバロウズ」の運営や起業家育成にも関わる。さらに自宅を那賀町木頭に構え、2歳の愛娘を育てている。「『いつでも帰る場所がある』と思う気持ちが、自分の生き方を支えてきました。娘にもふるさとを自慢するような未来をつくろうと、社会課題に向き合っています。人や地域、社会にとって正しいものは何か。ビジネスの観点から考えることで、社会構造すら変えることができると信じています」と語った。



