茨城の茶と器との再会 湊ナオさんが綴る緑茶と陶磁器の魅力
茨城の茶と器との再会 湊ナオさんが綴る緑茶と陶磁器の魅力

茨城県にゆかりのある作家、湊ナオさんによるコラム「シンシンツクバ」の第55回は、緑茶と器との再会について綴られています。新茶の季節に試飲したお茶がきっかけで、午前の仕事前には欠かせない一杯となった緑茶。その魅力と、震災を経て再び向き合うようになった器への思いが語られています。

かりがね茶との出会い

ある年の新茶の季節、試飲させていただいたお茶が非常に美味しく、それ以来、午前の仕事に取りかかる際の飲み物は緑茶一辺倒になったと湊さん。特に好んで飲んでいるのは「かりがね」という種類で、茶葉の茎の部分を集めたお茶です。当初は茶葉の使える部分からはじかれた残りものではないかと誤解していたそうですが、実際に飲んでみると爽やかな甘みがあり、香りも口当たりもさっぱり。まさに一日の始まりにぴったりな一杯だと絶賛しています。

茨城の茶産地の魅力

城里町の古内茶

湊さんは、茶畑と言えば静岡か鹿児島と思い込んでいたそうですが、去年のゴールデンウイーク、城里町にある日本自動車研究所テストコースでのイベントに向かう途中、突然目の前に茶畑が広がったと言います。そこで作られているお茶は「古内茶」。水戸藩主・徳川光圀公が「亡慮八苦を忘る」と絶賛し、茶の木を「初音」と命名したと町史に記録されています。この古内茶、さしま茶、奥久慈茶が茨城三大銘茶と呼ばれていることを、湊さんも初めて知ったそうです。

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さしま茶の歴史

県西が産地の「さしま茶」は身近でなじみ深いものですが、調べてみると、なんと黒船来航後初めて輸出された日本茶だといいます。海外貿易が始まった時代、豪農・中山元成氏の尽力により、全国の茶の名産地に先駆けて輸出されたのです。

奥久慈茶の特徴

県北で作られる「奥久慈茶」は、最北限に近い茶産地のお茶です。新潟県村上市と大子町を結んだ辺りが、大規模な産地としての北限に近いようです。

器への思い

湊さんは昔から器が好きで、趣味はやきもの市巡り。気に入ったものを少しずつ買い求めていました。鑑定で高値がつくようなものではなく、日用雑器のたぐいですが、東日本大震災の日、帰宅すると家の中はめちゃくちゃで、器もかなり割れていたそうです。「ああ、割れちゃうんだな」とぼんやり思ったことを覚えていると振り返ります。その後の数年は、器を見たり買ったりすることに全く気が向かず、ベランダで育てていた朝顔やゴーヤーもやめてしまい、完全に気力がそがれていたのだろうと言います。

何度かの引っ越しを経てつくばに戻ってきたところ、再び笠間や益子のやきもの市に足を運ぶ気になりました。引っ越しのたびにモノを増やしてはいけない、特に土ものの器は重いから自重しようと心に決めつつも、ものと向き合い、「いいな」「好きだな」「手元に置きたいな」という気持ちを大切にしたいと思うようになったそうです。そうした気持ちになれない時は、やはり自分ながら不健康だと感じると語ります。

陶炎祭の楽しみ

笠間の陶炎祭は、笠間芸術の森公園内に窯元や作家さんの出店がぎゅっと集まっていて見やすいと言います。若手もベテランも元気で、ギャラリー展示のようなテントや、シンプルで洗練された器も目を楽しませてくれます。

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2000年代ぐらいまでの陶器市では値切り交渉をよく見かけましたが、今では作家さんが店頭に立つような市では、器について話すことはあっても、元の値付けを尊重してそのまま支払う人が多いのではないかと湊さんは推測します。器もお茶も、作り手が作ったものを分けてもらう気持ちで買い、大切に使い、味わいたい。そして、出会い直したい。少しずつ、少しずつ、と締めくくっています。