埼玉・川越女学校の歴史を一冊に 元教諭が貴重な資料をまとめ刊行
埼玉・川越女学校の歴史を一冊に 元教諭が刊行

埼玉県立川越女子高校(川越市)の元教諭が、前身となる川越高等女学校の歴史をまとめた書籍「なでしこ、かく学べり」を刊行した。明治後期から終戦後まで、地域の女性教育を担った学校でどのような生活が繰り広げられていたのか、貴重な資料でたどる内容となっている。

女学校の設立から現在まで

川越高等女学校は1906年(明治39年)、川越町立として設立され、5年後に県立に移管。終戦直後の学制変更に伴い、1949年に川越女子高校となった。著者の野口孝さん(71)は、同校で2006年から2020年まで日本史を教えた元教諭で、東松山市在住。タイトルの「なでしこ」は、校歌にも登場する同校とゆかりの深い花の名前に由来する。

新聞形式の教材を一冊に

野口さんは定年退職後、再任用された2015年から「川女歴史探訪」という新聞形式の教材を作り始め、2023年に31号で完結。今回の本はこれらを一冊にまとめたもので、昔の修学旅行や運動会の様子、関東大震災や戦争の影響など、幅広い切り口から女学校の歩みを取り上げている。

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詳細な情報と貴重な証言

特徴は情報の細かさにある。大正期の運動会に関しては「スパニッシュダンス」「クアドリル」といった踊りや、ぬれた洗濯物の入ったバケツを持って走り、絞ってさおに干す「洗濯競争」という珍しい種目を紹介。戦時中の状況については、軍需工場に勤労奉仕した時期や人数、防空訓練の様子のほか、校庭に39カ所もの待避壕を作ったことなどが記されている。

空襲にまつわる証言も盛り込まれた。機銃掃射に遭遇した生徒は「工場を出たとたんバリバリッという音がした。恐ろしくて生きた心地がしなかった」と回想。別の生徒は「空襲警報がなると、市内の生徒は天皇の御真影を安置してある奉安殿を守るために、夜でも学校に駆けつけた」と述べ、戦争に巻き込まれる様子が鮮明に刻まれている。

資料の出典と意義

こうした昔の記録は校友会報などに基づいている。会報は戦争が本格化するまで毎年、生徒の寄稿文をもとに学校の出来事を紹介。戦時中の様子は学校の図書館に残された教務日誌や職員の会議録が情報源となった。野口さんは「時代の流れがどのように学校生活に表れたか、けっこう具体的に描けた」と語り、これからの時代を生きる上で歴史を学ぶ重要性を強調。「貴重な資料を残していきたい」と力を込めた。

書籍はA4判、200ページ。青月社から税込み1100円で発売され、インターネットの通販サイトなどで購入できる。問い合わせは同社(電話03-5833-8622)へ。「川女歴史探訪」は川越女子高校の同窓会ホームページでも閲覧可能。

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