明石家さんま、中村玉緒さんをラジオで追悼 バラエティー進出のきっかけ語る
明石家さんま、中村玉緒さんをラジオで追悼 バラエティー進出のきっかけ

お笑い芸人の明石家さんまが、13日放送のMBSラジオ『MBSヤングタウン土曜日』(毎週土曜 後10:00)に出演。12日に肺炎のため9日に亡くなったことが報じられた俳優・中村玉緒さんを追悼した。

さんま、玉緒さんとの共演を振り返る

さんまは冒頭から「ちょっと暗い話になってしまうけど」と前置きし、「玉緒さん、オレとは『からくりTV』で長く一緒にやらせていただいて。きょうもちょうどすごいのは『さんまのまんま』の打ち合わせをしてきたんですけど。玉緒さんをバラエティーに引っ張ろうとしてきたのが『さんまのまんま』なんですね」と回想。玉緒さんのバラエティーでのキャラクター開花のきっかけが同番組だったことを明かした。

さんまと玉緒さんは、バラエティー番組『さんまのスーパーからくりTV』や『さんま・玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろか』で長年共演。玉緒さんの訃報を受け、共演者からも追悼の声が相次いでいる。

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関根勤、浅田美代子も追悼

『からくりTV』で共演した関根勤はX(旧Twitter)で「玉緒さんにもうお会い出来ないと思うととても残念です。玉緒さんは、とても優しくて面白くて、玉緒さんの周りはいつも笑顔で溢れていました。旦那さんの勝新太郎さんをはじめ昭和の名優さん達のエピソードを聞くのが好きでした。とても寂しいです。ご冥福をお祈りいたします」と悼んだ。

浅田美代子は所属事務所を通じてコメントを発表。「いまでも あのガハハという笑い声が聞こえてきます 明るくて楽しいことが大好きだった玉緒さん さんまさんとの海外ロケに何度も行って楽しかった思い出が蘇ります 会いたかったな...最近 会えなかったことが悔やまれます」と心情を吐露。「お母さん あの世でも大好きなパチンコやれそうですか?大好きなパパさんとやっと一緒にいられますね どうか安らかに...」と追悼した。

中村玉緒さんの経歴

玉緒さんは1939年7月12日生まれ、京都府出身。長良プロダクション所属。1953年、映画『景子と雪江』でデビュー。54年、大映と専属契約し、多数の映画に出演。60年公開の映画『ぼんち』『大菩薩峠』で第11回ブルーリボン賞助演女優賞を受賞。バラエティー番組『さんまのスーパーからくりTV』に出演するなど、バラエティー番組でも活躍した。

なお、番組の模様は放送後1週間以内は「radiko」で聴取可能(エリア外聴取はプレミアム会員への入会が必要)。

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